【ゆとり教育について】2012/08/22 6:20 AM

 

皆様 お早うございます。エニシです。

今日も私のブログをお読み頂いて誠に感謝で御座います。

 

さて、私が受験生を過ごした1995年~2000年のあたりというのは、ゆとり教育の一環としての週休二日制なんかが順次導入されていく過渡期の頃にありました。なので私も半分、ゆとり世代ということになると思います。

その後どんどん教科書は軽くされて、円周率はおよそ3で計算するというビックリな展開にもなったのですが、その後行われた国際的な比較テストの中で日本の学力の低下ぶりが明らかになってまた昔の形に戻すという流れに、この頃はなっています。

今でこそ私は、 色々な裏情報も持っているために、おそらくはゆとり教育なんてものは日本の高度成長に危機感を持ったどこぞの連中が日本を愚民化するために巧妙に仕組んだ 政策なのだろうとばかり思っていたので、その裏付けになるような情報、逆にそれを否定する情報など、集めていました。

その中で読んだのがこの「それでもゆとり教育は間違っていない」という本でした。

6a0147e35a8d29970b017c3165f90d970b

ゆとり教育を実践して『上手く行っていた』現場で何が起きているのかということについて窺い知ることのできる良い本でした。

従来の知識詰め込み型の金太郎飴の量産教育から、価値の多様化した時代に則って個別に選べる教育と、「自分で考える力を養う」というコンセプトで、それはそれで必死に考えて作られたモノだったのだなと。

驚いたのは、「学 力が下がった」と騒がれた前後で、その評価の指標であった国際テストがそもそも変わっていたということです。2002年に行われた国際テストは、ゆとり教 育のなかで培うことを目標としていた、上述の「自ら考えるスキル」を測るためのものだったそうです。つまり、知識偏重のテストでないとそもそも日本人は点 数が取れないところ、それとはスタンスの違うテストをやったのだから点数が上がらなくて当然だと、そのためのゆとり教育を始めたばかりなのだから当然だ と、という状況だったそうです。

ところがまあ、一部の人間がただ「順位が低くなった」ということに目を付けて騒いだのが、ゆとり教育バッシングの始まりだったそうです。

たとえて言うな ら、水泳で金メダルの選手に対して、「これからの時代は100m走だよ」と言って練習を始めさせて、3日後に100m走の世界選手権に出場させておいてメ ダルの取れないその選手に対して「走る練習の仕方が悪いんじゃないか?」と言っているようなものです(笑)

しかし、従来型の 詰め込み教育で日本が戦後復興を成し遂げたのを見習って同じような教育制度を敷いた台湾や韓国がいまどのようになっているかと言えば、日本は質実ともに追 い抜かれたという現実もあるわけで、(SAMSUNGやASUSといったメーカーですね。)昔の形に戻すのが悪いとも言えない。

この政策はもう少し情報を集めて考察しないとならんです。勉強続行です。(=ω=)


【コメント】

コメントはまだありません

コメントを残す

カテゴリ:政治
ブログのアーカイブ