【博愛と選民思想の狭間で】2012/06/20 5:34 AM



皆様
お早うございます。エニシです。


世の中を理想郷に組み替えることができる技術や情報を持って世界に広めて、誰もが幸せに過ごせる世界というものを実現する活動に希望を持つ反面、どうあがいても人間の精神レベルの質というものは底上げできず、低きに流れていくのだから古代の哲人政治のようなものが理想なのだと、そういう考えもあります。実際私もそうです。


民主主義は人類が圧政との戦いの中で勝ち取ったものであり、意志決定の最終形として名高い。ところが、要は物事の全てを多数決で決めるという仕組みですから、全員で誤った方向に進むと歯止めがきかない。実際に、民主主義から生まれた独裁がヒトラーの政権です。


税金も納めない、暇な老人の方々それでいて選挙権はしっかり持っているというが多数になると、絶対に維持不可能な年金制度の負担が現役世代の若者達に押しつけられます。しかもそもそも絶対数で劣るので、若者が徒党を組んで選挙に出向いても勝てないのです。(そもそも、60歳以上の方々で日本全国の資産の7割以上を持っているのに、それが本当に「弱者」でしょうか?)


完全無欠のフリーエネルギーの情報を公開したとして、資源を奪い合う争いがなくなれば良いが、それを戦争に転用する輩が出てくるのではないか?

博愛は結構だが、この間大阪で起きた通り魔の事件のようにいい年扱いた大人のほとんど期待できない更正なんてものを税金を使ってやるのか?少年犯罪者をオーストラリアに連れて行って、セラピーと称してイルカと遊ばせることが正しいのか?

地方自治が良いとは言うけれど、形を変えた生活保護のような無駄な公共事業を延々と政府に要求し続けて世界最大の借金国家を作ったのも地方の人々で。

公害けしからんと工場を取り巻いてデモ行進する人たちは、何の罪悪感もなく自分のゴミは出し続ける。実際、今の最先端の工場から出る排水は、金魚が住めるくらいに綺麗に浄化されていて、河川の汚れの主な原因は積もり積もった生活排水の汚れだ。

近くの建設現場の騒音がうるさいと怒鳴る人は、自分が住んでるマンションだけは魔法で作られたとでも思っているのだろうか?

人の命が大事なのか動物の命が大事なのか分からない人たちとか。

こういう種々の矛盾が、ね。



どうにも、世界を一人一人の手にゆだねてその性善性にゆだねるのが良いのか、やはり一部のエリートが全体の行く末をしっかり考えて統治していくのが良いのか、決めかねるのです。

さて、どうしたものか(=ω=)

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カテゴリ:政治, 精神世界
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