【地上世界は多数決が正義。ただそれだけなのではないか。】2014/04/12 9:38 AM

皆様
お早うございます。エニシです。今日も私のブログをお読み頂いてありがとうございます。

うつ病の克服体験から始まって、早6年以上になります私の「社会のおかしな常識に楯突く活動」ですが(笑)なんだか最近、なるようにしかならないがベストは尽くすというところからちょいと下がって諦めの境地と言われてもしょうがないみたいな考えに似たものになってしまってきています。。(^^;)


大学院時代に、「何故無駄と言われる公共事業が延々と生まれては止まらずに実行されるのか」ということを研究しました。

日本以外の先進国で認可が下りている、副作用の無い抗がん剤について随分長く話していますが、これの情報がネットで拡散しているのにそれが常識という次元にはほど遠い状況にあります。

お金の掛からない除染技術というのは存在しています。


この手の「本当の事が広まれば皆幸せになれるはずなのに」という情報の類いが全然広がっていかないという現実。これは、お金を握っている一部の連中が都合の良いように世論を形成して情報を封殺しているからだということも一面にはあるでしょう。しかし、私個人の感覚では、多分これによる操作というのは凡そ10%程度の影響力しかなくて、本当に力を持っているのは

「それ(大抵が人の不幸)で生計を立てている人が大勢いる」

という事に尽きるという結論に達しつつあります。



例えば、抗がん剤でいうと、

癌に罹った人が、それが死の病ということであれば治療費は湯水の如く使う。彼が使うその1ヶ月の治療費で1.5人の人が1ヶ月生活できる。

こんな感じです。つまり、一人の人の不幸で、その一人より若干でも多くの人数が生きていけるなら、彼はいわば「犠牲」として殺されることが許されてしまうわけです。誰もそんなことしてないじゃないかと言われるでしょうけど、多分実態の部分はそうです。一人の命と100人の命、どちらが重要ですかと言われたら、100人の命というわけです。確かにそれはそうだ。


多分、この手の構造が世の中の矛盾と言われるところのありとあらゆるところに根付いていて、全部説明ができてしまうんです。

無駄な公共事業⇒それが地方唯一の産業で、それで生計を立てている人しかその地域に住んでないから必要になる。

副作用がなくて、安いワクチン⇒医者と医療関係者、研究者の大勢が職を失う。


こういうわけで、「何らかのイノベーションで誰かが幸せになるのはとっても素晴らしいことだけど、それで自分の仕事が無くなるのだけは絶対に許せない」という人が多数を握っていれば、その変革は起きないわけです。その人達が生きている限りは世界は可も無く不可も無くダラダラと延命され、不幸な人は再生産される。


この世は多数決でしかない。社会は人が作っているわけだから、多数を握っている勢力がその時代の正義を作ります。そこに倫理だとか道徳だとかの見地は美談としては存在しますが、実態はそうじゃない。


なるほど、恐らくテロリストと呼ばれる人たちはその理想の故に、この多数に対して攻撃を仕掛けるという思考回路になるのだろうと思いました。全然分からなくはない。無理が通れば道理が引っ込む。道理を通すためには、多数を排除するしかないってことになる。


さて、どうする?テロリストにでも転職するか??(笑)

040919


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カテゴリ:政治
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