【日本以外の国に過労死はほとんど存在しない。】2014/02/02 8:57 AM

皆様

お早うございます。エニシです。

今日も私のブログをお読み頂いてありがとうございます(=ω=)

 

庭のミミズコンポストの土の表面に、米ぬかを被せておくと発酵熱で暖まるようで、ミミズがみんな表面に出てきていました。この辺りに生ゴミを入れておけば、冬の寒い時期にもちゃんと活動してくれるようで、こりゃ良いノウハウだなと思いました。

 

さて、私最近、この本を読みました。

Karou

誰も死ぬまで働けとは言っていないのだけど、真面目な人たちが責任感でもってどんどん仕事を抱え込み、最後は周囲の期待に応えられない自分への自責の念からうつ病などを発症して死んでいくというシナリオが大半なのだそうです。外国人が聞くと、「何故死ぬ前にその職場から逃げるという選択肢を日本人は取らないのか」と本当に不思議がるそうです。

私も1度外資系に勤めたことがあるので分かるのですが、外資系の会社では、個々人に割り当てられる仕事というのは完全に明確で、その範囲だけの仕事をきっちりこなせば良いことになっています。職務記述書だったかな。そんな文書化されたものが存在して、自分のやることはそれ以上でもそれ以下でもない。だから、最初から人一人が抱えられる仕事量でなければそんな文書を作る意味が無いし、業務が拡大していく中で、「こういう仕事が必要だ」「その仕事に必要なスキルはこれだ」「ここからここまでをやってくれれば良い」ということが決まっていき、それが一人の人間に丁度任せることが出来る量になったときに初めて、新しい仕事とその労働者のセットが出来上がるのです。

こんな訳で、一人の人が抱える仕事が際限なく増えていく等と言うことが生じ得ないのが、諸外国の普通の姿なのです。

逆に日本がどうかというと、こういう外資系のような職務記述書の類いがありません。兎に角、忙しくなってきたから人をまずは投下するということが行われ、その人にはその人の裁量で「やるべきしごと」を見付けてもらい、職場の仕事に対して人間の側が、柔軟にやることを変えるという体裁を取ります。

こんなわけで、日本の場合はどこまでも、やるべき仕事は曖昧なのです。こういう状況のところに、責任感の強い人が入ってしまうと、あれこれと他の人に任すべきところまで背負い込んでいくということになり、それが悲劇を生みます。

私も最近、こういう仕組みが分かってきたので、おまけにそこまで責任感を発揮して頑張ったところで何の見返りもあるものではないということが分かってしまったために、自分の実力の8割程度にしか仕事は受けないということで決めています(笑)

 

こんな、日本と諸外国の労働の捉え方の根本的な違いの一端を、実は一昨年に出向いたハワイ旅行で実感しました。あるレストランで、制服を着た女性とボーイさんがそれぞれ居たのです。日本だと、「店員」という一括りなのでどちらに何を頼もうが基本的にはサービスしてもらえると思いますが、驚いたのは、

・ボーイさんに注文を依頼しても、「それは彼女(上記の制服の女性)の仕事だから受けないよ」と堂々と言う。

・制服を着た女性に「水を頂けませんか」と依頼すると、「男性スタッフに言って」と堂々と言う。

こんな役人仕事でどうするの(笑)と日本だと言いたくなりますが、上で述べたような、いわゆる職務分掌というのが、こんなレストランの末端のお仕事にまで浸透しているのです。このレストランの例ですと、

・女性:有料のオーダーを取ることのみ

・ボーイ:品物の類いを客まで運ぶ

という形に完全に分けられていて、そこに融通を利かすこともなければやってもいけないという風土なんでしょうね。

なるほど、確かにこれならこの職場の個人には、どう足掻いたって過労死するようなことは起きない。予め一人に割り当てられた仕事は一人でこなせる量に細分化されているし、何より彼等は自分で抱えられる以上の仕事はきっぱりと拒否するだろう。

 

これで良いんじゃ無いですかね?別に日本も。(=ω=)契約という枠内で一個人と雇う側の会社が対等な感じがしますよ、この方が。

Hawaii


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カテゴリ:時事, 経済
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