【時間の分解能】2014/01/19 10:49 PM

皆様
こんばんは。エニシです。

結局、今週もほとんどブログを更新できませんでした。凄まじい忙しさ。律儀に残業していたら毎日終電で帰っても終わらない業務量。徹夜じゃ持たないので、22時に帰宅して4時間ほど寝て、2時過ぎに起床。そこから自主的にまた在宅で残業して4時間ほど仕事。それでも片付かず、そのまま10時にまた出社。こんな生活が続いています。それでいて、日本の平均的なサラリーマンと比較してべらぼうに報酬が高いのかといったら、全然そんなことはなく、新築のマンションを購入するとしたらいくらくらいのが買えるのかと思ってモデルルームを見に行ったら、組めるローンの低さに愕然としました。

6年ほど前に死に損なった地獄の底から這い上がったが故の楽観的さと、講演会等を含めた趣味の延長としてのサイドワークが無かったら、希望を失ってさっさと人生に白旗を振っていただろうと思います。


前置きが長くなったのですが、例えば我々が巨人を見るとき、巨人の動きは非常にゆっくりとしたものに見えるに違いないと思います。ハチドリの羽ばたきは恐ろしく速く、逆にタカやトンビの羽ばたきは悠長なものです。蟻の動きは本当にセカセカしていて、像の動きはのんびり。

ハエ叩きで、机の上においた小豆を叩くことは簡単ですが、空中を舞っているハエを叩くことは容易ではない。プログラムを組んでみたことのある人であれば実感が沸くかと思うのですが、何かの制御をプログラムで行うとき、恐ろしいほど沢山の条件・パターン分け(IFによる分岐)が必要で、それが増えれば増えるほど処理は重たくなる。だからそれをさばく為には相応のCPU(処理装置)が必要になる。

こちらが振り回すハエ叩きの軌道を計算して、ほんの一瞬でハエが恐ろしい数の計算をしてハエ叩きを回避していると考えると、自然の不思議というか驚異を感じずにはいられないのですが、ハエから見ると我々人間の動きは、我々が想像する巨人の動きと同様に、ゆったりとしたものに見えているのでしょうね。


予想なのですが、宇宙には絶対的な時間の定規のようなものは存在しなくて、小さい存在はそれより大きなものよりも短めの時間のなかを、逆に大きいモノはそれよりも長めの時間のなかを生きていて、小さいものを見ると忙しく、大きいモノを見ると悠長に見えるという法則があるんじゃないかと思うのです。小さいものほど、「時間の分解能」のようなものが高く、より短い時間のなかであらゆるものをこなすことができる。(がその分寿命も短い)だから、一生を生き抜いた時の実感としては、どんな存在でも同じであるようになるということも言えるんじゃないかと思ったりします。


そうでないと、部屋を飛んでるハエがあんなに賢い、歴戦エースの零戦パイロットのような空中演舞ができるわけがないと思うのです。あの小さな体の中に一体何MHzのCPUとどれくらいMBのメモリを積んで飛んでいるのかと。

1008151


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カテゴリ:精神世界
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