【結果とプロセス どちらを見るか】2012/07/01 5:49 AM



皆様

昨日はお休みを頂きました。お早うございます。エニシです。

今日も私のブログをご覧頂いてありがとうございます(=ω=)



南の島で気ままにくらす原住民と、そこを旅行で訪れたビジネスマンのお話があります。

詳しい文言は覚えていないのですが、話のおおよその下りはこんな感じです。



ビジネスマン『キミはそんなに暇をもてあまして、退屈じゃないのかい?』

原住民『キミの方こそ、そんなにあくせく働いて大変じゃないのかい?そもそも何故そんなに働くんだい?』

ビジネスマン『そりゃあ、カネを稼ぐためさ』

原住民『カネを稼いでどうするんだい?』

ビジネスマン『何でも好きなモノを食べたりできるじゃないか』

原住民『ここでは食べ物なんていくらでもそこらじゅうに生えているんだが・・。他には?』

ビジネスマン『土地を買って不動産王になって、何もしなくてもお金が入る仕組みを作るのさ』

原住民『ここにはどこが誰のものなんて概念はない。働かなくてもお金が入る仕組みを作ってどうするんだい?』

ビジネスマン『どこかの島で気ままに繰らすさ』

原住民『だとしたら、既に僕はそれを手に入れているし、これからだってそうだ。』



とまあ、こんなお話しです。

ビジネスマンの方は、命をすり減らして結果的に得たモノはこの原住民と同じモノでしたということで、強欲やあくせく働くことの馬鹿馬鹿しさを説くのですが、どうにも、こと人間に関してはこの理屈は当てはまる気がしないのです。

得る結果は同じですが、原住民はただそのままそうだったということで増えた経験値も何もないです。

ところがビジネスマンの方は、それを得るまでに払った苦労、不動産の知識の取得や人脈の形成にも頑張ったでしょう、一人では出来なかっただろうから人を集めて動機を与えて動かすというマネジメントの経験も積んだかもしれない。

つまり経たプロセスで得たものが間違い無くあったわけで、得た結果だけをみると同じでも、その魂で学んだものの量には雲泥の差が出ているはずです。



プロセスに意味を見いだすならそこを突き進めば良いのです。(この辺り、人間の不思議な特性が表れる一番の良い例が登山。)

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カテゴリ:精神世界
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