【自殺のコスト:遺族を巻き添えにする核弾頭】2012/05/04 4:45 PM



皆様 お早うございます。エニシです。

今週、立て続けに通勤中、人身事故に見舞われたので一筆書いています。

私もうつ病の地獄を彷徨っていた際、色々と死に方・死に場所を探していたことがありました。実際、電車に飛び込むということも選択肢の一つだったことがあります。ホームに入ってくる電車の角にアタマをぶつけるだけであれば、そんなに長く電車を止めることもないだろうし、処理する作業員の人も楽なんじゃないかとか、本当です。

ただ私の場合、まだ余裕があったのか、死ぬなら死ぬであまり人に迷惑を掛けないというか、間違っても遺族が莫大な賠償金を背負うとかいう状態になることは避けようと思っていました。そこで読んだのが非常にネガティブな本ですが、この2冊でした。

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完全自殺マニュアル
→色々な死に方のアラカルト本です。死体の惨たらしさやら死ぬ際の苦しさなどで死に方を評価しています。
自殺のコスト
→自分が死ぬことによって周りの人々に及ぶ経済的な影響について調査した本です。



こんな本を読むほど私も追い詰められていたのだなと戦慄を覚えるばかりですが、一つ良かったのは、この本を読むことによって少なくとも「電車に飛び込む」ことによる自殺は絶対にすまいと思ったことです。

というのも、知られていないことですが、飛び込むことによって電車を止めた分数×ウン万円(山の手線などの稼ぎ頭の路線になると大変な金額になる。新幹線だとさらに桁が違う。)という額の損害賠償、急ブレーキを掛けることによって摩耗した車輪の修理代金までが民事訴訟で遺族に請求されるのです。

死んだ本人はこの世を去るわけですからどうってことないかもしれませんが、残された遺族は否応なくとんでもない額の負担を抱えさせられ、破産などでさらに追い打ちの地獄を味わうわけです。



良いコトなんて一つも無い。思いとどまって欲しいです。

私が生き証人ですが、地獄を這いつくばった経験は、いずれ同じような状況に陥っている人たちの希望、珠玉の経験になります。そこまで耐えてしまえば、乗り切ってしまえば価値ある自分の経験の一部として統合されていくのです。


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カテゴリ:精神世界
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