【蛇頭の神々に、感謝】2013/06/19 7:43 AM

皆様
お早うございます。エニシです。
今日も私のブログをお読み頂いてありがとうございます。

スピリチュアル・リテラシー2でも若干触れております、蛇頭の神々。
シュメールを筆頭に、世界のあちこちの遺跡から発掘される、人間と蛇の合いの子のような土偶の数々。昔の人がどれだけ想像力豊かだったとしても、これだけ地球上のあちこち、脈絡のないところで同時多発的に発掘されるところを見ると、推論としてはやはり、こういう人々がかつては存在していたというふうに考える方が妥当でしょう。

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デヴィッド・アイク氏はこれらの存在と、さらに彼らと人間の合いの子である「ハイブリッド血族」が人間社会を牛耳っている支配階級と指弾しています。私も、私が関わってきた色々な方々からの話を聞くに、恐らくそういう存在がいるのだろうと考えています。

では、世の中を良くするには彼らを排除すればいいのか、皆殺しにすればいいのか、というと多分そうでもなくて、悪には真正面から対峙しても消し去ることはできず、彼らが作ったそれなりの秩序のある世界、ある意味均衡した世界というのが今の世界の現状と考えると、それはそれで混沌とした世界が訪れます。

私はこちらのブログでも言っておりますが、今の世の中の頽廃ぶりは、彼ら支配階級の企みもさることながら、そんな現状を知っておきながら動かない、低きに流れる大衆の怠慢も6割くらいの理由としてあるだろうと踏んでいます。(この辺、TOPを極めた立場とどん底の二つを経験できたことには感謝しています。両方の世界を眺めることができる。)


蛇頭の神々は、我々の肉体に本来16本ほどもあったDNAの螺旋を取り除いてたったの2本にまで減らすことで、大幅に霊的な存在としてのスペックを下げたそうです。おかげで、あらゆる感覚器で感知できる幅がとても狭く、一回限りの人生で死んだら全てオシマイという非常に限られた感覚の中で生きています。

これが生命に対する蛮行だというのは確かにそうなのですが、人間だって普通に家畜を、ただ自分たちが食べるという目的の為だけに使っているのと構造的には同じ事です。批判することはできやしない。

しかし、宇宙を見回してもこれだけ感覚の狭まった、振動の低い世界というのも地球だけだそうで、その意味ではとっても特殊な学びを得られる場所であるのです。特に私が利点だと考えるのは、「人生が一度きり」という錯覚をまるで真実のように認識しているため、この人生の中での学びの貴重さが、他の生命圏とは段違いに高く思えるということです。大学でも試験でも、期限があるために頑張る。何年でも居て良いよ、試験の日程は決まっていないので好きなタイミングで受けて下さい、ではどうにも間延びして学びが進まない(笑)


なので、こういう学びの場を提供してくれた爬虫類の神々に感謝しつつ、もうこのぐるぐるの螺旋の中で学べるモノは全て学んだためにご退場願うというスタンスが最も良いのかなと。定年で御退官される大学の教授を送別会で送るような、そんな気持ちで居れば良いのだろうと思います。

ありがとう。そしてさようなら、蛇頭の神々。


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カテゴリ:精神世界
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