【ビットコイン・中央銀行の手を離れた通貨】2015/01/07 11:01 AM

皆様
お早うございます。エニシです。

私の手元にも、複数の人脈からビットコインの話が届いています。もう6年ほども前の話ですが、全ての通貨に「何に使われたかの履歴」が残るという性質を持たせたら、犯罪収益などをたちどころに根絶やしにできるんじゃないかということをある決済代行をやっている会社の役員さんに話したところ失笑を買ったのですが、そんな通貨が具現化してきているのかなあと思っています。

さて、通貨という存在のダークな側面については私もこのブログで度々述べていることでありまして、(例えば、日本銀行は何故かJASDACに上場した株式会社である)通貨を発行できる人や主体が、世界を支配することは本当に簡単です。このあたりの仕組みは、THINKERさんが出している書籍「マスコミとお金はヒトの幸せをこうして食べている」に詳しいので是非読んでみて下さい。

ビットコインは、それを通貨として使っている人達の集合体としての相互の信頼関係でその価値が担保されており、特定の通貨発行機関によってその流通量・価値などが恣意的にコントロールされているものではありません。この点、今の資本主義の仕組みの問題点を解消できるものなのかという可能性も感じます。

ところが反面、リンカーンの例にもあるように、『通貨発行権』というものを例の連中から国に取り戻すということを公約に掲げたヒトは悉く消されています。

大統領を務めた頃のリンカーンは穏健なことで有名でしたが、彼をして「銀行家連中が私を殺そうとしているが、その前に私が銀行を潰す」と述べているくらい、銀行というものは裏で意外と、あくどいことをやっています。

卑近な話ですけど、ある中小企業の社長さんに聞いた話で「奴らは本当に必要な時には一銭も貸してくれず、こちらの景気が良いときに必要もない金を貸し付けて、利子だけかすめ取っていく」そんな連中です。

ビットコインが、この中央銀行によるコントロールを市民の手に取り戻すというものであれば、それは両手を挙げて歓迎したいのですが、この手の可能性に対して、毎度全力で潰しに掛かってくるはずの彼らのネガティブキャンペーン的な動きが、ことビットコインに関しては全く見られないというのが不思議なんです。

もっとも、既に楽天がビットコインでの決済を受け付けるといったことを宣言していることもあって、このビットコインという存在が消えて無くなるという流れはもう、あり得ないでしょう。それなりの存在感を持って金融市場に君臨するであろうことは間違いありません。

例の彼らが弱まっているのか、殺そうとしても特定の発行主体がいるわけではないビットコインという存在に対して打つ手がないのか、それがよく分からないところですが、いずれにしても注視する必要のあるものです。

さてさて。またトピックが増えました(=ω=)

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カテゴリ:政治, 時事, 経済
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