【理屈と感情と】2011/04/28 10:26 AM

いわゆる理系の人たちは、科学的でなければ、第三者の検証ができなれければ、それが現象として再現できなければそれを信じないという人たちです。

ところが、彼等に対して厳然たる証拠を突きつければそれで納得するのかというと、そういう彼等ほど最後の一線にはちゃーんと、感情を持っています。

ある技術者の方に、私が扱っている代替医療の分野の資料をご説明差し上げたのですが、ある分野で日本で最高権威の学会で発表された論文を示しても、「いや、そういう異端の学者はいるものだから」とか言うのですね。

最後の最後には、「そんな凄いモノが、テレビや新聞で取り上げられて騒ぎになっていないハズがないじゃないですか」なーんて、ずぶの素人と同じような反応を繰り返すようになるから面白い。

つまり、根っこの部分には自分としての感情から判断した「認めるモノ」「認めないモノ」がちゃんとあって、科学的な理屈だどうこうというのは、その人の希望に沿って集められた都合の良い判断材料ばかりなのです。(まあ、きっと僕もそうなのでしょうけどね)

科学に身を投じている人たちは得てしてプライドが高い。
世の中を説明できるのは唯一自分たちだけでありたいという願望を持っています。
根っこにあるのは科学どうこうというよりは、何らかの理屈を振りかざして相手を屈服させるという優越感への中毒だと思います。

この人間の心の仕組みが分かったので、私は理屈で相手を説得するという手段は辞めました。論破しさえすれば相手は必ずその理屈に則った選択をとるという見込みを捨てました。

聞かない、聞きたくない人を説得していくのではなく、
喜んで聞いて、受け入れてくれる人を集める。
どんなに理論武装しても、結果は変わらないということが分かったからです。

このスタンスで行くと、人生は随分楽になりました。

20060902082449


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カテゴリ:雑談
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